留年医学生メンタリティ

心身故障、留年、休学、療養

入院33日目 座右の書

 12月7日土曜日。入院33日目。

 手元の本を読みきっちゃったんで、僕の本棚から、こいつを取ってきてもらいました。

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坂口安吾堕落論

 今は絶版かな? 消費税が5%の頃に280円文庫ってシリーズで出てたんだけど。それはともかく。

 僕の、いわゆる「座右の書」ってやつです。もっとも、坂口安吾のエッセイ、特にこの『堕落論』というのは、話があっちに行ったりこっちに行ったりして、なんとなくわかったつもりにはなるけど、一言でうまく言い表すことはできないもの。僕も、座右の書とは言いつつも正しく読解しきれているという自信はありません。というわけで、この際、じっくり読み直してみようと思った次第。

 そして、この際、僕の「座右の書」を再定義しよう、したい、しなければいけない、できるだろうか、などとなんとなく考えている次第。

 と言うのも、座右の書とは言っても、あくまで10代の頃までのバイブルで、ハタチの時に堅実な慎重派に転向し(ようとし)て以降の人生にはあまり反映されてないんですよ。なにしろ、従来の固定観念や道徳や因習からの脱却とその再構築を解くおはなしですからね、いばらの道を歩んででも新しい生き方を模索せよというおはなしですからね。堅実とか慎重とは正反対なわけです。

 それでも、椎名誠『さらば国分寺書店のオババ』、本田宗一郎『俺の考え』と共にこいつを手元に置き続けているのは、挑戦的・反逆的な生き方への憧れが棄て切れずにいて、それときっぱりとは訣別できずにいるからなんでしょうかね…

 とか言ってカッコつけてみましたが、確かにそれもあるけど、近年本を読まなくなって、自分の変化に合わせた座右の書のアップデートを怠っているだけというのもあります。

 それから、今後歩むべき堅実で慎重な人生のバイブルが見付からないから暫定的に座右の書の座にあり続けているだけ、という面もあります。

 とすると、今後の人生のバイブル、あるとしたら何だろう? 少なくとも、文学ではないでしょうね。堅実で慎重な、というのは言い換えれば冒険や進歩がないわけで、文学とはおそらく相容れないものですから。ビジネス書や自己啓発本の類でも、そういうものは見たことありません。

 おそらく、そういう堅実で慎重な生き方というのは歴史に埋もれていく運命にあって、わざわざ本になることはないんでしょうね。平凡ってことですから。逆に言えば、本になるような思想・生き方というのは、人とは違うものだから本になる、する価値があるんですよね。

 そう考えると、僕がこのまま堅実で慎重な生き方を志向し続けるとしたら、今後の人生にバイブルはないのだ。それって、ひょっとしたら、ある意味挑戦者よりも困難な道を歩むことになるかもわかりません。なんかよくわからないパラドックスに出くわしちゃった。

 もしも堅実で慎重な人生のバイブルたりうる本があったとしても、それはわざわざ本にするまでもない程度の内容で、本としては取るに足らないものかもしれません。具体的には、その辺の定年退職したオッサンが自己満足で自費出版した、誰にも顧みられないような自分史だとか。しかし、そんなものをバイブルとする人はいないでしょう。

 などなど考えていたら、もうよくわからなくなってきました。答えは出ないかもしれません。今回の入院を機に、自分を見つめ直す、分解して再構築する、ということを少しばかりしていますが、精神的支柱たるべき座右の書の存在すら不確かなものになってしまって、もうなんなんでしょうね。一歩間違えたら余計にこじらせそう…



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