留年医学生メンタリティ

心身故障、留年、休学、療養

人にきびしく?

 つい昨日、僕のモットー「人にやさしく」についてお話ししましたが、もう一つ、行動規範にしていることについてお話ししたいと思います。また、そこを切り口に、僕の精神的な問題について考えてみたいと思います。

 こういう考え方があるんです。

「自分に厳しくなれなくても、他人に超甘くなれば、相対的に自分に厳しくしたことになる」

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 どうですか? ハッキリ言って、クズでしょう? いつどこでこの考え方に出会ったのかはよく覚えていませんが、少なくともまともな大人に教わったものではないことは確かです。

 とにかく、この思想で自分に甘いクズになることを肯定し、更に昨日述べた「人にやさしく」の背景にある「自分の弱さを受け容れる」という思想を曲解してクズであるを肯定して、いやもはや開き直って、生きてきました。

 もっとも、この考え方が絶対悪とは思ってませんけどね。開き直っているようですが。

 第一に、この考え方を持っていれば他人に対して優しくなれる。

 第二に、僕はこの考え方に出会ったおかげで、完璧主義の苦しみから逃れることができた。と言うのも、僕は元々完璧主義者でした。しかし、歳を重ねるにつれて自分の思い通りにはいかないことがどんどん増えてきます。そして、その思い通りにはいかないことと、思い通りにできない自分に対して、強いフラストレーションを感じるようになりました。しかし、この考え方に出会ったことで、「完璧でなければいけない」という呪縛から解放され、自分を苦しめる完璧主義をやめることができたんです。

 ところが、ですよ。話はここからです。このたび入院して、主治医の先生とか、臨床心理士の先生とかと話をしていると、僕はある面では「他人に超甘い」どころか「他人に厳しい」のではないかという疑惑が浮上してきました。こうなってくると根本的なアイデンティティの危機です。

 もちろん、僕は、一対一で直接関わる相手に対しては、めちゃくちゃ甘いんです。それをもって、「他人に甘い」としてきたんですよね。

 でも、「言われてみればそうだな」って感じなんですけど、直接関わるわけではない第三者に対して、厳しいところがあるみたいなんです。

 と言うのも、メンタルヘルスに支障をきたすまでの僕のこの「学校嫌い」の一因には、周囲にはびこっていたカンニングや内職が許せず人間不信になったということがあるんですが、それ、言われてみれば、「他人に厳しい」スタンスなんですよね、人の不正が許せないって。ただ、ここでいう「他人」ってのは、一対一で関わる相手じゃなくて、直接関わるわけではない第三者なわけですけど。

 でも、とにかく、それを含めるなら、僕は「他人に厳しい」人間ということになるわけです。いや、ホント、言われるまで気付きませんでしたけど。

 ただ、言われて初めて考えてみると、学校以外でも心当たりはありました。運転してて、他の車の違反を見ると、自分に危害が及ばなくても、めちゃくちゃ、誇張抜きでめちゃくちゃ、腹が立ってしまうんですよ。これもその広義の「他人に厳しい」思想ですよね。

 そしてこの思想って、あんまりよくないものですよね。正直自分には関係ないわけだから気にしなくてもいいのに、気にしてしまって、それどころか怒りを覚えて、メンタルヘルスに悪影響を受けてしまっている。損してるじゃないですか。この考え方からは抜け出せなきゃいけない。いい意味で無関心にならなきゃいけない。ひょっとしたら、この「他人に厳しい」ってのをやめられるだけで、僕の場合は結構ストレスが減らせるかもしれません。

 そんなわけで、「他人に甘く」を再定義してみようと思います。直接関わる相手に対してはこれまで通り超甘く、でいいと思うけど、自分に直接影響を与えはしない第三者の言動に対しては、いちいち怒らず、そもそも無関心でいいじゃないか… すぐに変われはしないだろうけど、人生は長い、少しずつ…

 最後に、「自分にもそれなりに甘い」という点についてですが、そこはとりあえず保留で(笑)



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